その他

2013.05.09
デジタルから古典は生まれるか?

デジタルえほんアワードインタビューシリーズVol.2

「デジタルから古典は生まれるか?」

 絵本作家としてご活躍中のいしかわこうじ氏。イラストレーターとして活動をスタートし、雑誌、ウェブ、広告など、幅広いジャンルの仕事を手がけている。2004年のボローニャ国際絵本原画展入選をきっかけに絵本作家としての活動を始め、「どうぶついろいろかくれんぼ」かたぬきえほんシリーズは、累計155万部を超えるロングセラー。中国、韓国、フランスなどに翻訳され、あたたかく色彩豊かな作品は国際的にも注目を浴びている。デジタルとアナログ、日本と海外を自在に行き来しているいしかわさんにお話を伺った。

 「マルチメディアブームの時に、絵本はいずれなくなってしまうと思いました。」と語り始める。「マルチメディアブームとは、映画のような世界を、すべてCD-ROMにしようとする動き。その時にも絵本だが、3D的表現や、ゲーム的表現なども多数でてきました。」それから20年。iPad等の新しいデバイスの登場とともに、同じブームがやってきた。
 当時は、その世界に踏み込む前にブームが去ってしまったというが、今はご自身もデジタルえほん制作にチャレンジしようとなさっている。今回は1つのジャンルとして成立するのではないか?と見ているからだ。「昔のパソコンの画面とマウスとキーボードに比べると、iPadは実に利用が簡単で、子どもでもすぐに操作できます。前より環境はずっとよくなっていると思います。」表現したいものにテクノロジーがついてきたということだろう。

 いしかわさんはまず自分の立ち位置を明確にされる。「イラストレーターというデジタルの世界から入り、その後、紙の絵本に取組んできました。」その視点からデジタルを見ているという。
 「紙の絵本は、すでに形式がはっきりしています。しかし、デジタルのえほんは、教材的なもの、仕掛けえほんの延長線上にあるインタラクティブ性のあるもの、ロールプレイングゲームのようなもの。まだ拡散している。」と指摘する。ただ、今回の審査を通じて大きく2つの方向があったと見ている。「プロの会社やプロの作家が、既存のコンテンツを拡大し、動きやインタラクティブ性を持たせるという方向。それに関しては、もうすでに完成した作品が出てきていると感じました。もう1つは、一般の人が、色々なチャレンジをしている作品。実に様々なアプローチがあったと思います。」

 今は、デジタルえほんという1つのジャンルを築くにあたり、皆がいろんな方向に向けて取り組んでいる時期であるが、「古典として残るものが出てくるか」に着目しているという。絵本の世界では、例えば「いないいないばあ」のように、長年にわたり愛されている古典とも言える作品がある。もちろん後世に残る作品をつくろうと思ってつくったわけではないかもしれないが。
 一度はなくなるのではないかと思った絵本だが、マルチメディアブームの頃よりも、良質な絵本の数が増えていることにも思いを馳せる。「デジタルの表現を一通り体験してみて、手書きの良さ、紙の良さに改めて気がついた結果だと思います。」紙の絵本の存在感は、デジタルを経由したからこそいままで以上に出てきた。紙の絵本はなくなるのではなく、もっと力強いものなのだと気づいたというのだ。
 「映画をつくる際、原本の小説は、やはり強い。それはそれで別の物として揺るぎないものです。」そもそも制約条件が違うので、小説をそのまま映画にすることはできない。そこで、いかに面白くつくり替えるかということが重要となる。場合によっては、全然違う作品になることもありえるが、その両方が名作ということもありえるわけだ。絵本も同じだ。原本として、紙の絵本が揺るぎないものとしてあり、それを映像化するなりインタラクティブ性を持たせてつくるというのは、また別の再編集が必要となる。再クリエイトといえるかもしれない。「どっちが良いとか悪いとかではありません。」

 イラストレーションや絵本の原画は、パソコンで描き、絵を描くための写真探しや美術館探しはネットで行なう。一方、毎年開いている個展では、油絵や水彩画を多く描いて出品している。デジタルとアナログの両方の世界を行き来しながら、制作をしてきたいしかわさん。「紙の絵本の良さは、手に取れたり、手触りがあったり、五感で感じられること。デジタルえほんの良さは、自分で操作できたり、拡大してみたり、動かしてみたり、紙の絵本では表現できなかったことが実現できること。どちらもおもしろいですね。」
 いしかわさんはこれまでも新しい表現に色々とチャレンジしてきた。例えば、ページを三方に開くという今までにない仕掛けをいれた『たまごのえほん』。「生まれてくる」ということをリアルに表現するために思いついた表現だという。これまでは、紙で表現をするという前提で考えられ、作られてきたが、紙もデジタルも表現の手法として同列に選べるとするならば、また表現も違ってきたであろう。 これまで制作をしてきた作品を振り返り、実はデジタルの方が向いていたのでは?というものもあるという。例えば、『このおとなにかな?』『このしっぽだあれ?』はデジタルでつくった方が良かったと思うが、『どうぶついろいろかくれんぼ』は、デジタル化しても面白くならない気がする。デジタルに向く作品、紙に向く作品があるということだ。紙の良さも、デジタルの良さも、全部知りつくしているいしかわさんだからこそ、新しい表現を生み出せる。

 いしかわさんは、二児の父でもある。子どもたちとタブレット等端末との関係をどう捉えているのか?
「普通にしていればいいと思っています。iPadを赤ちゃんのときから与えたら、素敵になる訳ではない。かといって、駄目になる訳でもない。両方の楽しさをしっかり教えてあげることが大事だと思います。」大切なのはバランスだという。野菜も必要だけれど、肉も必要。ご飯も必要。しかし、本を読むことは必要だと指摘する。「文字からイメージを喚起する能力は、人間のある種の根幹の1つでしょう。」文字から想像力を働かせて補完していく力と、大量な情報の中から自分で選んでいく力の両方が必要ということなのだろう。
「何かにしばらく没頭すると、また新しいことを始めたくなります。新しい風景を常にみてみたい。」と語るいしかわさんがどのようなデジタルえほんをつくるのか楽しみだ。