デジタルえほん

2013.05.30
紙よりもデジタルの方が圧倒的に優れた媒体

デジタルえほんアワードインタビューシリーズVol.5

「紙よりもデジタルの方が圧倒的に優れた媒体」

 

 脳科学者の立場から、現在の教育が抱える課題についても、ツイッターやブログ、マスメディアを通じて積極的に発信している茂木健一郎氏。デジタルえほんの展望や情報化社会における子どもの学びのあるべき姿についてお話を伺った。

 

 「デジタルを子どもに渡すのは良くない!と主張する人がいるが、それは、誤解。紙でないといけないという主張には根拠がない。」と口火を切る。茂木さんはデジタルえほんの最大の特徴はインタラクションがあることだという。脳の発達にとって必要なことは「反応がある」ということ。そこを深堀りできる利点がデジタルえほんにはある。「脳からすると、どういう情報が入ってきてどういうインタラクションができるかということがすべて。デジタルの方が明らかにインタラクションの深さも深いし、広がりも大きいので、紙よりもデジタルの方が圧倒的に優れた媒体。特に子どもにとっては。」と断言する。

 それ以前に、子どもたちは時代に敏感だ。茂木さんは、子どもの時に、宇宙に強い興味があったという。アプロ11号が月に行ったことに感激した一人だ。「今の子どもたちが、コンピュータやネットワークに惹かれるのは当然のこと。デジタルえほんというのは、現代の文明や未来の文明に対する入口になっている。だから、今の子どもたちがデジタルえほんに興味を持つのはあたりまえ。そこに今があり未来があり、コンピュータやネットワークと色々なやりとりをする喜びもある。」と語る。

 これからは、情報が大量にある時代。だから、知識の価値というのは、それを所有しているかどうかではなく、それをどう使えるかということにシフトする。認知科学の分野で、「この単語はグーグルで検索できる」ということをあらかじめ被験者に伝えておくと、単語を覚えなくなる傾向にあるという結果がでているという。「グーグルで検索できることを覚えておく必要は特にない。知識を覚えることに意味はなく、むしろどう結びつけるかということに意味がある。それは子どもたちの学びのあり方にも当然影響を与えていく。」

 ご友人のウィリアム斎藤氏が「ザ•チーム」という本で、「日本にないものはチームである」と主張していることを引き合いに出し、「今までの学習では、ペーパーテストで一人一人がどれくらい点数を取れるかということを基準にしていた。しかし、これからの時代、一人の人が全部をやるのではなく、まさにネットワークで結びついて、チームで1つのものを作り上げていくことが大事になる。スティーブジョブズもビルゲーツも成績は決してよくなかった。」と語る。子どもたちの学びは変化していかなくてはならないが、教育が進化するにはどうしても時間がかかる。時代の要請と実際に行われている教育のギャップがある中で、子どもたちがコンピュータとインタネットをどう使っていくかが大切になる。今の時代の使い方というのは、情報の受信者になるということではなく、情報をつくり発信者となるということだ。

 「日本の入試は既に恐竜化してしまっている。本来は、入試を変えるべき。」と主張する一方で、すでに富裕層の中では日本の教育に見切りをつけて、海外の学校に子どもを留学させる層が現れてきていることを指摘する。日本の教育、特に大学入試がいまだにペーパーテストが重視されているにも関わらず、海外では、一学期かけて1つのテーマにみんなで取り組むようなプロジェクト型の学習が行なわれている。「実社会に出てからの子どもの伸びしろを考えている保護者で、お金に余裕がある人は、既に日本の教育システムをボイコットしている。そしてその動きは加速していくだろう。本当に子どもの幸せを考えるならば、日本の大学入試に付き合う必要はない。」

 日本の受験で、良い大学に入り、大企業に入れば、将来性がある、もしくは幸せとは言いきれない。「これからの時代に必要な能力は何かというのは、大学を卒業して働き始めた25歳くらいの人の中で、どういう人が楽しそうに仕事をしているか、どういう人が将来性があるように見えるかというのを観察してみれば答えは明らか。」大学を出ずに世界で活躍している人もたくさんいる。そういう人を「あの人は特別」という人もいるが、「みんなが特別になれる時代が来ている。」

 さて、デジタルというとゲームを連想する人も多い。デジタルの機器で最初に子どもたちの生活に入ることに成功したのがテレビゲームであったからだ。「デジタルというと「勉強」ではなく「遊び」に近いイメージが強い。しかし、それは単に偏見に過ぎない。」むしろ、学習の素材を作る側は、どうすればスーパーマリオブラザーズに匹敵する、子どもたちが夢中になって楽しみながら学べる教材を提供できるかということにチャレンジすべきだ、という。

 iPadが普及してから、大人の仕事をしている風景も大きく変わった。「みんな論文読んだり、ゲラ読んだり、真剣に仕事をしているのに、タブレットを使って遊んでいるようにしか見えない。」進んだ文明世界では、仕事をすることと遊ぶことの境がどんどんなくなっていくという。もともと遊びと学びは一体であった。それがいつしか両者が区別されるようになったわけだが、進んだ文明世界ではもう一度、遊びと学びが一体化する。「そういう文明感を早く出し、そういうものをつくっていけた国が世界の一番になる。成功した人というのは必ず、学びは遊びだと思っている。」

 いつでもどこでもだれでもに学びであり遊びである環境を提供するのがデジタルえほん。デジタルえほんの普及は加速するという。だからこそ今求められているのは、動画におけるyoutubeのようなデジタルえほん専用の共通のプラットフォームではないかと指摘する。「デジタルえほんアワードも、ユーザーが選ぶ、ソーシャルなカタチで評価を決めて行くように変化していくと良い。日本の独特の文化を持ちつつも、日本の文脈と関係なく海外に出て行ける絵本の分野には、国際展開という点でもとても期待している。」