デジタルえほん

2013.06.27
出版社にとっての絵本アプリとは

デジタルえほんアワードインタビューシリーズVol.9

「出版社にとってのデジタルえほんとは」

 出版社と書店をつなぐ書店の専門商社である日本出版販売株式会社(日販)は出版業界の中において、早期からデジタル化に積極的に取り組んでいる。担当の正道寺裕子さんにお話を伺った。

 「紙のコンセプトを受け継ぐ」ことを意識して絵本アプリの制作していると正道寺さんは語る。絵本アプリの開発に着手したのは2010年の夏。「tocco」というブランドを立ち上げ、スタートした。「tocco」とはイタリア語で「触れる、画家のタッチ」という意味。紙の絵本の持つあたたかさを守りながら、デジタルを利用した「絵本の世界に触れる」新しい絵本作りをしたいという願いを込めてつけた名前だ。デジタルならではのおもしろさに気がついたり、それが紙の絵本の魅力を改めて感じるきっかけに繋がったり、そんな作品を生み出している。また、出版社と一緒にデジタル化を進め、書店との協業モデルづくりも目指しているという。
現在、紙の児童書の出版数は年間で5000冊弱。絵本アプリは、2012年の時点で1000点以上を数えた。その後も急増し続け、児童書の出版数に近づくばかりの勢いだ。

 日販が取組む絵本アプリの開発は、基本は紙の絵本の原作のデジタル化だ。オリジナルの絵本アプリの開発と比較し、原作がある絵本をデジタル化するメリットは、認知度がもともと高いため、保護者の方が安心して買えることだという。「現状では世の中に出ているデジタルネイティブの絵本アプリは、玉石混交であり結果として、絵本アプリ全体の評価が下がることもありえる。売れている紙の絵本は、作品としての質の担保がある。デジタルに置き換えても、納得頂けるものが多いと思う。」

 さて、第1回デジタルえほんアワードでグランプリを受賞した作品「ちょんちょんちょん」も、かしわらあきお先生の名作をデジタル化したものだ。
 「ちょんちょんちょん」は「指さし」と「言葉の発達」に着目した絵本だ。そのため、デジタル化する際にも、「人さし指から脳を育てる」をコンセプトとして「引き継ぐ」こととした。そこで、デジタルを利用してもっと人差し指で触れたくなるアプリを目指した。触りたくなる作品とはどういうものだろう?音やイラストの変化をつけることで、それを表現することにした。これまでの表現とはひと味違う面白さを見出し、原作者の反応も上々だった。

 絵本アプリの特徴は、「価格を自由に決められる」、「露出が少ない」の2点だと正道寺さんは語る。価格の変動があると、アプリセール情報をブログやツイッターに取り上げられるため、PRにつながる。実際、発売時やシリーズの発売日に会わせて2週間の半額セールを行ったり、発売時に半額からスタートし、1週間ずつ100円価格を上げたりするなど工夫をして販売しているという。たとえ半額セールをしたとしても、その期間は通常の3〜4倍の売り上げがあるため利益はあがる。その一方で露出の少なさには苦労しているという。紙の絵本の場合、新刊を出したタイミングで、書店では平積みにしたりして、お客様に絵本を知ってもらう機会を作ることができる。しかし、アプリの場合は、AppStoreのトップ画面で紹介されたり、ランキングの上位に食い込んだりしない限り、発売された事さえ気づかれない。
「出版社もデジタル化に反対しているわけではない。危機意識はみな持っている。しかし、どう取り組めばいいかも分からない上に、人的リソースも限られている中、デジタルに人をまわせない。現状ではデジタルよりも紙の方が売れるのは事実。限られたリソースは紙の出版にまわしたいというのが経営判断なのではないか。」

 日販はiPhoneの普及が広がりつつあった2010年からアプリ化に着手した。当時、電子書籍と言われていた中で、文庫、新書、絵本、実用書・・・・日販としてどの領域で勝負をすればいいのかを話し合った。文庫や新書は、出版社や著者が自分で作れる。しかし、絵本はPDFにして見せても面白くない。また絵本の専門版元は、少人数経営の所が多く、その中でデジタルに取り組むのは難しいのではないか?と思ったという。「出版社のデジタル部門を外注してもらえればと思い、日販は絵本の分野をターゲットにすることに決めた。」出版社のデジタル化のサポート役を目指したというわけだ。

 「デジタルで儲かります!と胸を張って言える数字はまだでていないが、広がりは感じている」という。デジタルえほんアワードでグランプリを受賞した際に、受賞記念として「原作本かデジタル版かどちらかをプレゼントする」という企画を行った。その時には、デジタルを希望する人はほぼいなかった。ところが、先日、「紙とアプリセットのどちらかをプレゼント!」という企画をしたところ、半分くらいのユーザーはアプリセットを選んだというのだ。「紙一冊とアプリ3種類のセットなので、完全には比較できないが、以前はアプリセットは見向きもされなかった。それが欲しいという層が半分にまで広がって来ているということは、端末自体の普及と保護者の抵抗感が減ったことを意味するのではないか?」

 「紙の絵本から絵本アプリに切り替わるのか?」と良く質問を受けるという。「そんなことはない。紙の絵本には紙の絵本の良さがあり、そこでしか表現できない表現がある。その中でもデジタルに向いている、もしくはデジタルにすると違う見方ができる、違う遊び方ができるものだけを選んでデジタルにしているし、今後もそうしてきたい。」と語る。

 課題は、アプリというとどうしてもゲームのような「遊ぶ」世界に近づいてしまいがちなことだという。「アプリで遊んだ時に、「いっぱい触ってたのしかったー!」ではなく、「お話面白かった!」「自分一人で分かったんだよ」にしていきたい。」また、子どもが描いたものを中で動かす、デジタルで作ったものをリアルの世界に出して遊ぶなど、デジタルとリアルが混じり合った作品も手がけてみたいという。

 絵本アプリは、まだまだ可能性が無限大に広がる。「大切な商材を、他のカタチに変えて、子どもたちにもっと楽しんでもらう。それをきっかけに他の本にも興味をもってもらう。ぜひ一緒に取り組ませて欲しい。」そう出版関係の皆様に呼びかけている。
 我々がやるべきことは、みんなが参入しやすいように、しっかりと市場を広げておくことだろう。正道寺さんは、「生活に根ざした絵本アプリを提供していきたい」と言う。まだまだ絵本アプリを持って保護者と子どもが過ごしている姿が想像できない人が多い。「絵本アプリがある風景」を提示できればと願う。