デジタルえほん

2013.07.11
デジタルえほんとは、主役が読み手であるということ

デジタルえほんアワードインタビューシリーズVol.11

「デジタルえほんとは、主役が読み手であるということ」

 絵の中から、どろぼうねこを探し出す。憎たらしくも可愛らしい「どろ」の強烈なキャラクターと、楽しいアニメーション&サウンドで子どもたちを夢中にさせる。第1回デジタルえほんアワード企画部門の準グランプリを受賞したデジタルえほん「ねこみっけ」は、AppStoreの無料教育カテゴリで1位を獲得した。「ねこみっけ」の作者である滝原さんと、開発会社である株式会社アクシスの近藤社長に話をうかがった。

 デジタルえほんの作り手と出会うと、「もともと絵本が大好きで・・・」という話で盛り上がることが多い。しかし、滝原さんは、絵本があまり好きではなかったという。「子どもの頃は、文字を覚えるために絵本を読まされていたという記憶しかないです。」というのだ。
「友だちがお母さんに読み聞かせしてもらっているのをうらやましく思っていました。でも、自分がそうであったように、すべての子どもたちが読み聞かせをしてもらえるわけではありません。だから、キャラクターがストーリーを進めてあげるという仕掛けにしました。」

 「ねこみっけ」では、「どろ」の居場所が毎回変わる。見つけた場所や見つけるまでにかかった時間で、様々なショートストーリーが楽しめる。読み手自身が、タップをしながらキャラクターを追いかけていくうちに、自然とストーリーが進んでいく。ただ見つけて終わりではなく、見つけたその後にストーリーをおくことで、キャラクターが、読み手と会話しているような距離で存在するように工夫をしたという。
 しかし、滝原さんの本当の願いは、「子どもたちに読み聞かせてあげて欲しい、子どもたちと一緒に楽しく読んであげて欲しい」ということ。だからこそ、ねこを自分で好きな場所に隠し、ねこを家族や友達に探してもらえるような仕掛けもいれてある。

 企画を考える中で、1つの疑問が生じたという。デジタルえほんとゲームの違いはなにかということだ。
 「選択肢を増やし、複数の展開をつくろうとするとゲームのようになってしまいます。でも、「ねこみっけ」はゲームではなく、デジタルえほんにしたかったのです。」滝原さんは、ゲームとデジタルえほんの違いは、「主役が読み手であるか否かだ」という解に辿り着いた。「ゲームは、自分の代替としてのキャラクターが、勝手に言葉を発し、感想を述べ、勝手に冒険します。例えば、主人公である勇者が、「魔王許せない、あんなやつなんか倒してやる」と。しかし、子どもはそうは思っていないかもしれない。そうではなく、読み手が、進め方も感じ方も自分で決められる「デジタルえほん」をつくりたいと思いました。主人公はあくまでも読み手。「ねこ」は、主人公ではなく、主人公である読み手の遊び相手にすぎないのです。」
 主人公が読み手であるということは、遊び方も読み手に任されているということだ。「ねこを探す遊びですが、猫を探さなくてもいいのです。ゲームであれば、1つのゴールを目指すのが普通ですが、「ねこみっけ」では、タッチをするだけでもいいし、猫の反応を見るだけでもいいのです。」

 実際に、滝原さんが想像していなかった遊び方が生まれているという。
 「ねこみっけ」には、読み手がねこを隠し、友達にねこを探してもらう「隠しモード」がある。その隠しモードで、ねこのポーズと隠し場所を工夫し、キャラクターに個性を与えたり、自分だけのストーリーをつくったりして楽しむ子どもたちが出て来ているというのだ。「ちょっと変なポーズでお風呂の中に隠したり、寝ているポーズでベッドに置いたりすることで、ねこに性格をつけてあげているようです。すると、友達との会話が弾むと聞きます。なぜそこに隠したのか、考えていたお話を聞いたり、会話をしたりしながら遊んだという声が多く届きました。」
 もともと親子コミュニケーションを願ってつくった作品。作り手冥利に尽きる話だ。

 「ねこみっけ」が受賞したのは企画部門準グランプリ。賞としては、企画の実現はうたっていなかったが、滝原さんの勤め先である株式会社アクシスが、形にしてくれた。近藤社長は、「残業してもいいから、これを形にしてみたいという声が社内であがりました。企画書を実現し、多くの人に体験してもらわないと意味がないと考えたので、やってみることにしました」という。「デジタルというと食わず嫌いで反対をしている人も少なくない。試していないものを否定するのはすごく簡単です。しかし、昔は存在しなかったが今は常識になっているものが世の中にはたくさんあります。まずは、試してみて欲しい」というのが近藤社長からのメッセージだ。

 「もちろん、スマートフォンやタブレットなどの箱だけを主役にすると意味がなく、中身が何かということが大事。その部分を考えてつくっていきたいと思います。」その肝心な中身に関しては、コミュニケーションを促進させるものをつくっていきたいという。
 「ソーシャルアプリやゲームは意味がないものだと思っています。何も価値を残さない。人と人をつながるツールだが、実際は薄いつながりをつくっているだけの部分もあります。今回のデジタルえほんは、単につながるだけではなく、日常の会話をより促進し、距離を縮めるツールになれたのではないかと思います。そういうものを子どもたちにも大人にも提供していきたいのです。」と今後の展望を語ってくれた。

 ねこみっけの開発は、アドリア海に面する美しい国クロアチアで行なわれたという。「みんな楽しんで開発をしていて、言葉が通じなくても分かり合えたことを実感します。」と近藤氏は語る。
 デジタルは、世界中の人をつなぐことができる。デジタルえほんが、世界中の人たちのコミュニケーションを円滑にし、つながりを深めるツールの1つになることを願ってやまない。