デジタルえほん

2013.07.04
体験と評価を大切に

デジタルえほんアワードインタビューシリーズVol.10

「体験と評価を大切に」

 ゾウ、クマ、キリン、ワニ、コヨーテ、ハト・・・。なぜみんな鳴き声が違うのか。動物たちが、その謎を解いていく。美しいCGとシンプルながらも耳に残る心地よい音楽により構成されたデジタルえほん「こえのわ」。「仲間がいればどんなことでも成し遂げられる」というメッセージを子どもたちに楽しく伝えたいと願うデジタルハリウッド大学山本ゼミの学生が、卒業制作の一環で制作し、作品部門準グランプリを受賞した。学生たちの制作を支えた山本先生にお話をうかがった。

 電化製品の進化とともに変容してきた秋葉原。いまでは、デジタルの街、アニメやゲームの街として、世界に日本のポップカルチャーを発信し続けている。そんな街の中に、デジタルハリウッド大学はある。日本の表現に憧れて、海外から留学をしてくる学生も多いという。受付に入るとすぐに目につくのは積み木でつくられたデジタルえほんアワードトロフィー。
「トロフィーが飾ってあると目立つ。次の年、「こえのわ」をみて入学を決めたという学生もいた。」山本先生はまずそう語ってくれた。
デジハリの中でも、タブレットやスマートフォン向けのコンテンツを作る学生が、ここ数年増え続けているという。「映像やゲームの知識や技術をもとに、比較的敷居が低く作品をつくれることが学生にとって魅力なのだろう。いつも持ち歩いている身近なツールでもある。持ち歩いて、自分の作品をすぐに人に見せられるというメリットもある。」

 デジハリの学生は、入学時期からみんなスマートフォン。幼少時代からデジタル機器に慣れ親しんでいるデジタルネイティブ6人が、チームで取り組んだのが「こえのわ」という作品だ。
 「生みの苦しみがあった。はじめは「こえのわ」という言葉もない。どんなお話にしようか?と話し合いをはじめてみると、「お姫様をさらっていったドラゴンを倒す」など、色々なストーリーが出てくるのだが、どれもこれもありきたり。」数ヶ月にわたって企画会議を繰り返し、出した結論は、「できない」ということだったという。一度は解散も考えたものの、やはりみんなで力を合わせて最後までやってみよう!と誓い合った瞬間が物語の誕生だった。「これがそもそもストーリーではないか?どうぶつたちが力を合わせて問題解決をする。そういうストーリーにしようと。」

 山本先生は、大事なことは「何を伝えたいか」ということだ、と繰り返し学生に話をしているという。どんな美しい絵を描くかとか、どれだけ技術があるかということはその次の話。「自分自身の体験として持っているもので表現するように指導している。実感として持っていない段階で、世界問題などをテーマにしても描けない。表現するにあたり、足りない体験があるなら、いま体験しておいで、と。」
まさに制作の「体験」を作品にしたのが「こえのわ」というわけだ。

 「こえのわ」には、子どもたちに楽しみながら音を覚えてほしいというもう1つの意図もあった。ここにも「体験」を重視する思想が反映されている。作品に登場する動物の鳴き声は、そのままドレミファソラシドになっている。英語圏でいうとCDEFGABCだ。この作品では、動物の頭文字がそれぞれの音になっている。例えば、「C」は「Coyote」というように。日本の学校だと理論から教えられがちな音楽だが、その順番を入れ替えてあげたいというのが想いだ。
 「この音(C)はコヨーテの鳴き声ということを始めに耳で覚えてもらう。後で学校に入学して勉強してみると「あっコヨーテのCだ」と気づく。」これまでの学びとは逆転させ、子どもたちに、まずは音を楽しんでもらいたいということだ。体験を通じて学ぶ。学びとは本来そういうものなのだろう。

 「こえのわ」は制作過程で、実際にこどもたちに「体験」してみてもらったという。「子どもたちは、言葉でダメ出しをするわけではない。しかし、本当はここを触って欲しいのに、全然違うところを押していたなど、触っている姿を見ると、子どもたちに伝わっているか伝わっていないかは一目瞭然。あっ伝わらないのだ、と学生自身が実感していた。」
 「こえのわ」にはナレーションが入っているが、企画段階では文字をいれる仕様となっていた。しかし、検証をしてみると、子どもたちは文章をまったく読まない。急遽、ナレーションに切り替えた。もちろん、反省もあったものの、何よりも子どもたちが触って喜んでいる姿に、学生たちは心から感動したという。

 山本先生が学生を指導するにあたり、もう1つ大事にしていることがある。「評価を受ける」ということだ。その点でいうと、デジタルは非常に優れているという。
 「これまでは評価が身近なところで完結していた。たとえば油絵を描いても、価値基準は曖昧で、研究室等の閉じられた世界で評価がされていた。その分、学生の成長速度も遅かった。しかし、いまはYouTubeで動画をアップしたり、アプリをつくってダウンロードしてもらったり、すぐにたくさんの人からの評価をもらうことができる。自己満足がすぐに打ち砕かれる。それは学生の成長につながる。」自分の作品を客観視することで成長できる。だからこそどんどん人の目にふれさせるように指導をしているというのだ。

 さて、そんな山本先生の「デジタルえほんアワード」に対する評価は?
 「デジタルえほんの定義は、まだ誰もしていない。このアワードを通じて、まずは「定義をした」ということが大変すばらしい。」
デジタルえほんとはなんなのか?みんながアイデアを投げ合い、認識を共有しながら、進化させていく。そのような場にデジタルえほんアワードを育てて行きたい。