デジタルえほん
- 2013.05.02
- 子どもはインフォメーションシーカーとして生まれる。
デジタルえほんアワードインタビューシリーズVol.1
「子どもはインフォメーションシーカーとして生まれる。」
東京大学名誉教授/国立小児病院名誉院長の小林登先生。「子どもは生物学的存在として生まれ、社会的存在として育つ」を柱に、自然科学・人文科学の両面から子どもを考える「子ども学」を提唱されている。デジタルえほん及び新しいメディアと子どもの関係をどう捉えているのか。お話を伺った。
「子どもはインフォメーションシーカーとして生まれます。」小林先生はそう強調する。赤ちゃんは、おぎゃー!と生まれた瞬間から、この世の中はどうなっているのだろう?と周囲を見始める。パンが置いてあればパンを見つめ、電気がついていれば電気をじっと見る。情報を求めるプログラムをもって生まれてくる子どもたちは、新しい機械を渡されても、いじりながら覚えてしまう。大人が説明書を読んで理解しようとするのとは対照的に。そのような脳の仕組みまでしっかりと考えた上で、子どもに見せる情報を加工する技術が、次の時代に極めて重要であるというのが先生のご主張だ。
小林先生は、デジタルえほんアワードで応募されてきた作品や取組みをどう見られたのだろうか。「はじめての開催であった昨年は、すべてが新しく感じ、ある種の驚きすら覚えました。2回目となる今回は、新しい感覚が薄れた分、新鮮味には欠けましたが、その一方で、技術的な工夫が色々となされている作品が多く、さすが日本だと感心しました。そのうち日本から世界を席巻するものができるかもしれないと感じました。日本は不景気に陥っていますが、情報化社会に突入し、この分野が、日本が生き抜く方法の1つになれば素晴しいと思っています。だからこそこのアワードには非常に意味があります。」との感想を頂いた。そしてこう言葉を続けられた。「この取組みは、教育と強く結びつくので、子どものことは忘れないで頑張って欲しいですね。デジタルえほんをつくるにあたってはやさしさが必要です。」
先生がおっしゃる「やさしさ」とはどういうことか。「子どもたちが見た時に、生きる喜びいっぱいになるようなものを提供してあげて欲しいと思うのです。フランス語で言えば、”Joie de Vivre”(生きる喜びの意)。そのためにはやさしさが必要。大人の、子どもに伝えようとする愛情が不可欠です。」そして、情報が子どもにどういう影響を与えるかを検証することが必要であると指摘する。
「子どもたちに、メディアを使うなと言ったところで意味がありません。子どもは情報を追い求めている存在だから。しかし子どもに与える情報の処理の仕方はしっかりと研究して方法を検討しなければならないと思います。」
小林先生は、テレビを見ると一億総白痴化すると言われた時代に、小児科の医師を中心とした研究チームを立ち上げ、テレビが赤ちゃんに与える影響について研究されたご経験を持つ。
その際には、「テレビは赤ちゃんの友達」という結論で研究を締めくくっている。悪い影響があるとか、テレビは素晴しいとかいう結論は意識的に避けたという。「テレビが赤ちゃんにとって良い/悪いではなく、テレビは赤ちゃんにとって日常の生活の一部として存在しており、そういう状況の中でどういう関わり方をしていけばいいのかということを考えることが目的であった」からだ。
しかし、検証もなく心配されていた赤ちゃんとテレビの関係がそれほど深刻なものではなく、条件付きではあってもテレビを有効に使うことができそうという感触は得られたという。
赤ちゃんは厳しく立派な視聴者であったという話、視覚の発達に対する悪影響はないというデータはとれたという話は実に興味深かった。「大人は良い番組かどうか等いろいろと心配するけれど、赤ちゃんはしっかりと自分で番組や場面を選択しています。」また、保護者が最も心配していた目への影響に関しては、「テレビを見ている赤ちゃんの方が見ていない赤ちゃんよりむしろ視力が良かったと」いうのだ。
もちろんテレビとタブレット/スマートフォンでは条件が違う。画面の大きさ、画面との距離、双方向性。さっそく保護者からは子どもたちにこの新しいメディアを渡す不安の声があがっている。目に悪くないか?生活態度が乱れるのではないか?コミュニケーションが下手になるのではないか?
「目への影響については、検証が必要なものの常識的な時間内で見ている分には影響はないのではないかと思いますが、もちろんメディアがマイナスの方に力を発揮する可能性は否定できません。しかし、お母さんお父さんと一緒に観るなど、制約をかけることで回避できる話です。学問に熱心な家庭、音楽に熱心な家庭、色々な家庭事情がある。子どもたちがその家庭に合ったメディアとの接し方ができるように、家庭ごとに方針を話し合うことが大事です。」
メディアの問題というより、親子コミュニケーションの中できちんと制御していくことが大事ということだ。そして、「テレビと同じように、害がある部分と有益な部分と比較すれば、有益な部分が大きい。」と断言される。
新しいメディアが現れた時、子どもとの関係ではとかく否定的にみられる傾向がある。「新しいものに対する抵抗はあるのでしょう。人間は、物質以外に情報というものの中で生きていく非常に特異な生き物。もともと人は情報を好み、それを活用して文化、社会をつくってきました。原始時代の洞窟の中に動物の絵を描いて仲間に知らせたり、言葉を作ったり、印刷技術を発明したりしたことがそれを示しています。いまはさらに技術が発達し、その流れは止められない。」
見事な手さばきで自在にタブレットを使いながら御年85歳の小林先生は最後にこうつぶやいた。
「古い考え方に掴まってしまうと日本は遅れをとるよ。」