超教育協会
- 2020.04.24
- オンライン授業(3)~中国
中国では新型コロナウイルスの蔓延による学校休校直後から、5000万人の生徒が遠隔授業を受けられる体制を整備したというニュースが流れ大変驚きました。今回はその中国でどのような遠隔教育がなされてるのか伺いました。
「2月3月は街には人はほぼだれもいない状況でしたが、いまの上海はコロナ前の日常に戻っています。」そう語るのは、上海在住の趙さんと呂さん。2人ともお子さんが上海市内にある公立小学校に通うお母さんです。
趙さんのお子さんは小学校2年生、呂さんのお子さんは小学校4年生。そして、上海では約3ヶ月にわたる長期休校を経て、ようやく5月6日に開学すべく準備がはじまりました。
武漢が都市閉鎖となった1月末はちょうど冬休み中。通常であれば冬休みは2月中旬までです。しかし、1月27日に国家教育部より、2020年度春学期開始を延期する通知が出され、2月末まで冬休みが延期となりました。さらには、学校再開の目処が立たないことから「授業は止めても学びは止めない」というスローガンのもと、3月から遠隔教育に切り替える方針が打ち出されました。
遠隔になっても授業内容は通常通り。国語、英語、数学、音楽、美術、体育、道徳など時間割通り毎日6コマ行われます。
スタートは朝9時から。通常であれば1授業35分、休憩時間10分ですが、遠隔教育では1授業20分、休憩時間40分です。休憩時間といっても、前半20分で視聴した映像を踏まえて、課題を行ったり、ラジオ体操や目の体操をしたりする時間です。
20分の授業映像というのは、上海市教育委員会が選定した先生の講義が上海市で一斉に流れます。学校ごとに準備をしているわけではありません。子どもたちは、テレビ、パソコン、タブレット、スマホなど自由な端末で視聴します。
特徴的なのはテレビで放送されていることでしょう。上海メディアグループが放送する約10チャンネルのうち1チャンネルが臨時措置で遠隔教育チャンネルになりました。通常の番組を取りやめて、先生の講義映像の放送に切り替えたといいます。教育委員会も約2週間で映像を準備したようです。お二方を紹介してくださった野村総研時代から上海にいる横井正紀さんは、「成功するのか分からないものをとりあえずやる。必要だと思うことをとにかく取り組む。その姿勢が中国はすごい。」と語ります。
遠隔教育がスタートする前、自宅にあるデバイス環境のアンケート調査が学校を通じてなされました。テレビ、パソコン、タブレット、スマホの何を持っているのか?どれが便利か?どの放送局の番組が見られるか?どのようなタイプのテレビか?など家庭環境の把握に学校は努めました。
結果としてはデバイスを問わず視聴できるように準備がなされましたが、子どもたちにとっては、テレビをつけさえすれば授業が見られる環境はパソコンをセットするよりもハードルが低いかもしれません。授業の時間になるとテレビをつけて視聴し、また次の番組が始まる前までに画面の前に戻る。そのような生活を子どもたちは送っているようです。
参考までに、パソコンでは「上海市中小学空中课堂」というページから視聴できます。
【上海市中小学空中课堂】
https://ke.qq.com/act/shanghailive202002_pc/index.html?id=4&from=singlemessage&mmticket=
講義映像の視聴後に取り組む課題は、DingTalk(釘釘)でやりとりします。DingTalkは中国で会社の総務的プラットフォームとして定着している企業向けAPPです。出勤管理、決済管理、稟議管理など一般に会社の総務機能が集約されています。更にプロジェクト管理や顧客管理などの営業ツールも充実しており、社員の日常管理、業務の日常管理には欠かせません。これはアリババが開発し、一般的な利用に関して登録は必要ですが、無料で利用できます。このDingTalkの仕組みを使い、学校のクラスを一つの会社のように見立て、DingTalkにある様々な機能を利用した充実したコミュニケーションを実現しました。
DingTalk内で教科ごとにスレッドがあり、使用するテキストや参考文献、課題などはそこに掲示されます。写真は2年4組の画面です。生徒たちが課題に取り組み、DingTalk内にアップロードすると、先生がフィードバックをくれます。生徒は、間違えた問題を解き直し、再度アップロード。先生からOKが出たら、その日のその項目の宿題は完了となります。
例えば、こちらの写真では数学の宿題が掲示されています。「39ページに取り組みましょう。」子どもたちは、紙の教科書で問題を解き、完成した宿題を写真に撮ってアップロードします。
提出した順番に生徒の回答が表示されており、先生はその中から毎回「優秀宿題」を紹介します。
英語のテスト画像のようにワードファイルで送られてくるものは、そのまま書き込んでデジタルで提出しても構いませんが、プリントアウトして解いて写真で送る子どもが多いそうです。
課題をプリントアウトして写メで提出するというのは、確かにスマホさえあれば誰でも簡単に対応できそうな気がします。
今回の遠隔教育化で最も売れたのは、プリンターだといいます。プリンターの在庫が3月に切れました。タブレットも売れ行きが伸びましたがスマホを持っている人は多い。それに対してプリンターがない家庭が多いものの、今回の遠隔教育はプリンターがないと対応が難しいため、多くの家庭が購入しました。
他にも、美術の時間では絵を描いて写真をアップロードしたり、音楽の授業では送られてくる音楽を鑑賞したりといった授業も行われています。
「熱はないか?」「上海市から出ていないか?」といった健康状態の報告も毎日することが義務付けられており、そちらもDingTalkを通じて行います。DingTalkは日常的に活用していたものの、このような使い方をしたのは初めてとのこと。
もう1つグループワークの課題の際に活用するアプリもあります。アプリ内で3~5人ほどのグループが複数設置されています。そのグループ内で、作ったものを共有し、お互いに評価をし合っています。今日も英語の朗読文章を撮影して送り合っていました。
呂さんのお嬢さんは、スマホを持っていませんでしたが、今は宿題を全てスマホで行っているため、とうとう自分のスマホを持つに至ったそうです。
それ以外に、保護者と学校の情報共有のためにwechatを活用します。チャット室に先生から届きます。日頃から活用しており、もちろん遠隔教育中も重宝しています。
横井さんは、中国が迅速に遠隔教育に切り替えられたのは、それを可能とするインフラが中国に整備されていたからだと指摘します。
「DingTalkは多くの企業で導入されています。位置情報も全て共有されるため、出勤状況がすぐに分かる。よって出勤簿代わりに利用されています。会社では、メールではなくwechatを活用しています。それらがすべてスマホ1台で対応できる。多くの人がこのような活用の仕方に慣れていたため、簡単に移行できました。」
また、中国の取り組みはICT化とはニュアンスが違うといいます。というのも、上海では紙とスマホとパソコンが常に融合しているからです。
「書類申請をする際に、紙にプリントアウトして、記載し、ハンコを押して送る、というの行為は日常的にあります。だから、宿題をする際にも写メを撮って送るのは自然な行為であり、違和感がなく進みます。また、渋滞が多いのでオーディオブックも浸透しています。そして、その長さがだいたい10−20分。授業が20分になったのもオーディオブックの標準にあわせたという話であり、思いつきで決めたわけではありません。そのあたりが中国の生活のインフラだと思います。」
インフラといえば、遠隔教育へ移行するに当たり、家庭のデバイス・ネット環境は問題なかったのでしょうか?
「上海はネットやデバイスがない問題はないと思います。スマホはみんな持っていますし、ネットの普及率も高いので。」
しかし、3月1日に遠隔教育がスタートし、会社のネットにも影響が出たといいます。中国の幼稚園から大学生までの生徒数は約2.7億人。いまではその半数近くが午前中に遠隔教育に切り替わったというからそれもそのはず。
ネット増強のスピードも早いといいます。「次の日には、電波が悪かった田舎の山奥に中国移動が基地局を建てに行きました。子どもたちの教育環境を維持しようと、国をあげて様々な機関が協力をしました。インフラが整っていたということに加え、インフラを高速で整えたというところが中国のすごさです。」と横井さんは続けます。
課題は何でしょうか?趙さんと呂さんは、口を揃えて、「遠隔教育の効果」、「身体への影響」、「親の負担」の3点を挙げます。
時間割は同じですが、授業時間が短くなったり、また子どもたちへの負担軽減のため途中から授業コマ数が減らされたりしました。その一方で、その分を課題で補っているため、授業が遅れているわけではありません。しかし、「実際どのくらい身についているのかが分からない」と不安を口にします。通学時との学習効果の差を気にしている保護者は多いといいます。
身体への影響に関しては、まずなによりも気になるのは運動不足。体操の時間があり、先生の動きに合わせて画面の前で体操はしているものの、10分〜20分程度といいます。そして長時間画面を見る生活における目への影響も気になります。
親の負担増は大きな課題であり、3月末に行われたある調査によると、1日当たりの子どもの勉強に親が付き添う時間は 2~3時間が43.1%、5時間以上が6.2%という結果になりました。呂さんは共稼ぎ家庭のため、子どもは毎日ひとりで、家で、遠隔授業を受けています。お昼ご飯は隣に住むご友人に依頼をしています。遠隔授業が始まった当初は一人で取り組むことはできませんでしたが、いまは全て一人でこなしているというから驚きです。
その一方で、「低学年の子どもにそれは無理!」と趙さんは強調します。趙さんのご家庭も共稼ぎ。趙さんのご両親にサポートを頼んでいます。頼める実家や友達がない家庭は仕事を休む、もしくは辞めるといったことも起きているようです。
「とにかく負担が大きいからはやく学校が始まって欲しい」と呂さんと趙さん。子どもたちも「学校に行きたい」と同じ意見です。理由は、友だちもいるし、先生の授業を直接聞くほうが楽しいから。いまの放送型の遠隔教育は一方向に講義が流れるだけなので、先生の授業を生で聴くほうが、コミュニケーションがあって参加意識が芽生えると呂さんは指摘します。
「小さい子は授業に興味がありません。テレビ放送を見ながらも、遊んだり、お菓子を食べたりしています。毎日寝坊して、遊んで、そりゃ楽しいでしょうけれどね。」と趙さん。
さて、日本では臨時休校を踏まえ、様々なEdTech企業が無償で教材を提供しはじめました。その状況は中国でも同じです。習い事もオンラインになりました。呂さんのお嬢さんが通うピアノ教室も、先生とZoomでレッスンをしています。バレー教室もオンライン化したそうです。
しかしながら、子どもたちの時間は限られているため、いまは学校の課題に追われており、無料提供されている教材は多いものの、そこまで手は回らないというのが実態のようです。
上海市が緊急事態宣言をだしたのは死者1名、感染者数50名くらいの頃でした。「地下鉄の運行時間は19時まで。商業施設・図書館・カラオケ・床屋・ジム等の営業提示。14日分の健康状態を記録するアプリによる健康QRを表示しないと公共交通機関への乗車やオフィス・商業施設への入室はできない。
感染者の行動情報を得るための支柱カメラの活用と、その情報の地図アプリでの可視化。自宅隔離措置のため自宅ドアのセンサー設置。ここまでやるのか?と驚くほど街にはだれもいなくなり、家に籠もる生活を上海市民は選択しました。日本ではまだ街に人が溢れている映像が上海にも届いており不安です。」と横井さんは家族を残している日本の状況を心配しています。
日本でもこれから休校がいつまで続くのか見通しが立ちません。スマホと写メで対応するなど、上海のできることから取り組む姿勢は参考になるのではないでしょうか。