超教育協会
- 2020.04.30
- オンライン授業(4)~オランダ
大手広告代理店を退職し、オランダへ移住して起業した吉田和充さんは、10歳(小学校5年生)と6歳(幼稚園年長)のお子さんとユトレヒトで暮らしています。
オランダは3月16日(月)からスタートしたロックダウンの6週目を迎えています。感染者数は依然として増加しているものの、重篤化する罹患者数は減少傾向にあり、医療崩壊は防げる見通しだと言います。
3月15日の夕刻に急遽ロックダウンの発表があり、同時に学校の休校も決まりました。その時点では休校期間は4月頭までの予定でしたが、3月31日のルッテ首相の会見により、日本のGWと同じタイミングである2週間の連休明けまで全国一律に休校延長となりました。そして、4月22日に、正式に5月11日から学校再開のアナウンスがでました。ただし、保育所や特別学校を除いては、クラスの半数ずつ1日ごとに交代する等、工夫しながらの登校となります。
オランダは100人いれば100通りの教育方法があると言われるほどに、学校によって教育の方針や方法が多様です。「オランダの全学校に共通する話ではありません。あくまでも1つの学校の例と捉えてください。」と話す吉田さんのお子さんが通うのは日本でも注目度急上昇中の公立イエナプラン校です。日本では、オランダといえばイエナプランというイメージが強いですが、イエナプランは全体の5%程度で全国でも200校くらいしかありません。ユトレヒト市内では35校中3校。
さて、今回のコロナウイルス感染症蔓延による休校対応はどうだったのでしょうか。3月16日から休校となり、その2日後である18日から遠隔教育が始まったといいます。2日後からスタートとは随分とスムーズな移行にみえますが、「他の学校は翌日から遠隔教育がスタートしていて、「うちは遅いねー」と保護者の間で話していました」という状況のようです。
遠隔教育といっても、リアルタイムのオンライン授業があったり、一斉の課題が提示されたりするスタイルではありません。通常の学校でもオンラインを活用して生徒ごとに違う課題に取り組んでおり、それを学校ではなく家で取り組むスタイルだと言います。そして、週3日ほど30分程度のZoomを活用したクラスルームが開かれます。クラスルームは、生活に関する報告、課題の総評や解説、生徒からの質問への回答をする時間となっています。もちろん個別に先生に質問することもできます。友だちの誕生日を祝うこともあります。
課題の中にはプログラミングなどもありますが、各自で取り組み、先生から個別にアドバイスをもらうことでオンライン学習が成立しているようです。先生はあくまでも「コーチ」であり、子どもたちに一方的に教える立場ではなく、子どもたちが興味を持つことを一緒に見つけ、それに寄り添うという立場です。そしてそれは日常的な先生の立ち位置です。
通常からいわゆる一斉授業がほとんどないという背景が、このオンライン学習のスタイルにつながっています。そもそも全員共通の時間割はありません。生徒ごとに各週の目標が科目ごとに定められています。そして、そのやり方を書いたものである時間割は、各自が毎週決めることになっています。
「目標も概ね統一した目標はあるものの、2学年が一緒に学んでいますので、進んでいる子もいれば遅れている子もいます。個人差がありますが、日本のように全員一緒に同じ到達点までいくことを求められないため、個々人のペースで進めます。」
毎週、「この科目はここをこの時間にやる」と自分で決めて取り組むというのが通常の授業の進め方ですが、オンラインになってからは、大枠の時間割が送られてくるようになったそうです。しかし、進め方は変わらず自由。たとえば午前中には3つの課題が提示されますが、朝の8時から開始し9時半には全て終わらせている子もいるそう。
普段の授業の様子を聞いてみると、約半分がプロジェクト学習。残りの半分が課題を行う学習。課題学習のうち半分は自学自習。そして残りの半分が授業です。プロジェクト50%、自学自習25%、授業25%というわけです。授業といっても日本のように一方的に先生が講義をするのではなく、子どもたちの質問に答えたり、子どもたちが学習した課題の答え合わせをしたりする時間が授業となります。前述のZoomで行っているクラスルームが通常の「授業」に当たるものです。
オンラインになり、後者の課題学習は滞りなく実施されています。日常的に自学自習が基本となっており、先生から提示される目標に向かって毎週時間割を自分でつくり取り組む習慣ができています。
気になるプロジェクト学習ですが、遠隔教育になり、そちらはオンラインでは取り組んでいないようです。
活用しているツールは、クラスルーム用にZoom、課題の連絡用にGoogleクラスルーム、そしてデジタル教材集であるファクタ、デジタルドリル集のスナペット、語学系の授業に活用するデジタル書籍、保護者と学校のやりとり用にWhatApp。もちろん紙の教材や本もあります。様々なツールを駆使してオンライン学習に取り組みます。こちらも今回の臨時対応というわけではありません。学校では1人1台タブレットを持って学んでおり、それらツールは日常的に学校で活用していたそうです。
注)その後、セキュリティの問題からZoomの利用は禁止となりました。
【sanappet】
https://dashboard.snappet.org/Account/LogOn?returnUrl=%2f#
【faqta】
https://faqta.nl/
しかし、学校のデバイスはあくまでも学校のもの。家には持ち帰りません。普段はお弁当だけを持って通学する。そんな生活です。そこで、今回は家庭のデバイスで学習できるように改めて設定する作業が発生しました。その点は、親への大きな負担となったようです。家庭の環境整備に時間がかかり、日本のLINEのような機能であるWhatAppには保護者同士のやり取りも含めて1日200件くらいメッセージがきたと言います。補足ですが、今回の休校時における学校の対応に関して保護者の間で不満はなく「大変な時にありがとう」という感謝の声がほとんどだそうです。
さて、吉田さんのお子さんたちの1日のスケジュールを聞きました。「ウチは日本人だからまじめに学校の時間帯で生活することを意識しています。」
学校の課題を1時間半くらいで終わらし、その後は、読書をしたり、オランダ語や日本語を追加で学んだりしています。運動不足を防ぐために、体育の代わりに外遊びの時間も取り入れて、8時半から2時半くらいまでは通常の学校と同じような生活を送っています。
例えば、これはある日の時間割。左側に曜日が並んでおり、右側には、「課題、言葉、読み、教科書・オンラインソフト、振り返り、zoom」と取り組む科目や課題が並んでいます。
全体的にとても少なくみえますが、これが日常だと言います。通常であれば、これ以外の時間にプロジェクト学習がなされます。例えば、コロナの騒動の前は、「治水」がテーマの際に、運河を管轄している国土交通省へ出向いて調査に行きました。他にも、「春」、「雲」、「地球温暖化」、「イギリス」など年間に6テーマあり、1テーマあたり2ヶ月かけて仕上げます。グループで、調べて、作って、発表します。
「体育やプロジェクトなどがないけれど、他は普段と何にも変わってない。でも友だちと遊べないのは残念。」と子どもたち。
3月18日の時点でなされた調査によると、88%の学校が遠隔教育をほぼ完全に実現している、11%はまだ開発中、1%は実施していないという回答があったといいます。そして「もちろん学校ごとにまったくやり方が違うというのがオランダの特徴ですが、その一方でこの学校のやり方は比較的主流であり、時間割通り講義をオンラインで先生が進めるような学校はほぼないと思います。」と吉田さん。
そしてそれはオランダのロックダウンのやり方にも共通していると続けて指摘します。
「オランダのロックダウンはインテリジェンス・ロックダウンと言います。簡単に言うと自主性に任されているということです。それは教育でも共通していて、学校での学びも日頃から自主性に任されているのです。」
これほどまでに個々合わせた学習を実現し、さらには自ら学ぶ姿勢が育まれているというのは理想的な学びの環境に思えます。その評価はどのようになされているのでしょうか。「評価の仕方はポートフォリオ」だと言います。学校に入ってから大人になるまで、絵などの作品も含めてすべて自分のポートフォリオに蓄積されるようになっています。もちろんそこに成績も含まれます。その成績も、重視されているのは前年度からの成長率だと言います。各科目ごとに折れ線グラフで毎年の成長が可視化されます。また教科科目だけではなく、「協調性」、「積極性」、「リーダーシップ」、「プレゼン力」、「計画性」、「独創性」、「共感力」といった項目も同様に評価されます。評価項目は42項目にも及ぶと言います。算数が100点ですごい!といった偏差値的な評価は一切せず、日本の通知表とはだいぶ違います。他者との比較ではなく過去の自分との比較。ですので、小学生でも学年を1年進ませたり、もしくは遅らせたりということはよくあることです。進路も偏差値で決めるようなことはしません。多岐にわたる評価項目をもとに、その子に最も適した進路を相談しながら決めます。ポートフォリオはその子のそれまでの生き方を示してくれるのです。このように幼少期からポートフォリオ文化で育っているため、ほとんどすべての経歴、活動、作品をいつでも提示できる状態で持っています。それをそのまま就活にも活用できますし、最近ではポートフォリオをLinkedInに掲載している人もいます。
オランダには、イエナプランの他にも、モンテッソーリ、シュタイナー、ダルトンなど様々なオルタナティブ教育の学校があり、さらにどの学校も、各思想のいいとこ取りをして導入していると言います。繰り返しになりますが、オランダは100人にいれば100通りの教育方法があり、保護者が各学校の教育方針を見て選択します。では、吉田さんがこの学校を選択した決めてはなんだったのでしょうか。
「日本の学校は正解を教えるスタイルだと思いますが、この学校は「あなたの意見は何ですか?なぜそう思うのですか?」ということを追求するスタイルだからです。また、もう1つの特徴として他人との協働を大切にする点も良いと考えました。」
オランダでは学校を「子どもの未来を作る場」と考えていると言います。「学校は大人になったときの楽しみをみつける場。それが音楽でもスポーツでもなんでもいい。学校で好きなことや得意なことを見つけられなかったら可愛そう。だから学校はいろいろなことにチャレンジして楽しみを見つける場にしたい。子どもたちにとって学校が一番楽しい場所でないと。」というのは校長先生の言葉。
オランダでは先生は「教える人」ではなく「コーチ」。社会が大きく変化する中で、「先生こそが社会のことを一番知らない」という前提にたち、先生は子どもたちが好きなこと得意なことを自ら見つけることを手助けするプロのコーチに徹しているのだといいます。なお、オランダでは文科省の下にある日本で言う教育委員会が学校運営を担っており、先生は生徒に向き合うことに100%の時間を費やすことができるそうです。
さて、今回の遠隔教育の実施にあたり、各家庭の環境はどうなっているのでしょうか?「オランダはインフラ整備に潤沢な予算が回っていて、ヨーロッパでWiFiが一番安定しています。無料WiFiもすごく多いのでネットワークの問題はないかと思います。国民全体のITリテラシーも高いです。」しかし端末の問題はあり、250万ユーロの端末整備のための緊急財政措置もなされました。
日本の学校と比較してどうでしょう。
「子どもだったら確実にこちらの方が楽しいですよね。」と笑いながら語ります。「とても自由です。協働プロジェクトが多いので、まるで大人が仕事をすすめているような感覚です。日本のように決められたことをやらなくてはいけないという発想がそもそもありません。」
日本ではプロジェクト型の学習と基礎学力が二項対立のように語られることもありますが。
「基礎学力は確実に日本人の方が高い。当初はそれが気になったこともありましたが、なんのためにそれをやるのか?という問いに戻りますよね。日本の企業と比較してオランダは常に新しいチャレンジがあり勢いがあると感じます。生き生きしている企業やスタートアップがたくさんあります。なによりもこちらでの仕事は楽しい。学校は社会の縮図です。大人になった時の目標をいまのような生活、いまのような生き方にすると設定すれば、このオランダの学校が良いなと思います。だから、ここで育った後に日本の会社には入れないとは思います。」
コロナにおける国の対応も諸外国と比較してリーダーシップがしっかりと発揮されていると感じるそうです。「リーダーシップが大事であり、それをどう発揮すべきかということを小さい時から学んできた人とそうではない人の違いが出ている気がします。」
学校も社会も自主性を重んじ、自分は何をやりたいのか、何をすべきかを突き詰めることを大事にしているということなのでしょう。
オランダの遠隔教育は、デジタル・アナログ問わず様々な教材を活用した自学自習を基本とし、コーチングの場としてのオンラインの活用。今回のために特別に体制が整備されたり、システムが構築されたりしたわけではありません。これであればできそうにも思えますが、それを可能とする自学自習の習慣こそが一朝一夕に築くことのできないこれまでの蓄積と言えるでしょう。
オランダの教育に関するお話は、遠隔教育のやり方のみならず、アフターコロナ時代の超教育構築に向け示唆に富む内容でした。