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2021.09.14
NHK中央放送番組審議会

昨日のNHK中央放送番組審議会では勝手に「対話」をテーマとして設定し、3つの番組「アニメ・イン・ザ・ダーク」、「その校則、必要ですか?」、「目指せ!世界標準のバリアフリー」を取り上げました。

なぜ「対話」をテーマとしたかといえば、オリンピック・パラリンピックの影響ですね(*^^*)

オリンピック開会式は、海外基準とあまりにも乖離した多様性への認識が引き起こす様々な問題が噴出し、これまでの昭和的モデルへの違和感を可視化するとともに、その終焉を迫るものとなりました。その一方で、パラリンピックの開会式・閉会式はDiversity & Inclusionを見事に表現し、これからの時代の始まりを明るく照らしました。

これまで意識的に、もしくは無意識に規定されていた枠をどう取り払うか。それにおいて大事なことは、やはり「対話」だと思うのですよね。

■アニメ・イン・ザ・ダーク

「見えない人ならではの世界」をアニメで表現する、そのプロセスを追った番組。

視覚障害の方々の発言にハッとさせられます。「呼吸で気持ちが分かる」、「原宿は、匂いは自然で、音は都会。都会も自然もあるのが東京だ」。

視覚に囚われ過ぎて、実は世の中をちゃんとみていなかったのではないか。「見る」とは一体何なのか?ということを考えさせられる番組でした。

見えてないものをどう想像するのか。そこにおいて、正解はないからこそ自由に発想できると視覚障害の方が言います。視覚が塞がれているからこそ見えてくる世界を見せてくれるのです。

パラリンピック種目であるゴールボールにおいて、選手たちは試合中に絶えず小声で対話をしています。そして、それは、「安心するための根源的なやりとり」だと言います。

このアニメをつくるにあたり、監督は「対話」の必要性にたどり着きます。自分だけ、誰かだけではなく、みんなでつくる。「これでいきましょう!ではなく、どう思います?」対話しながらつくる。目で見えるか否かだけではなく、世の中を世界をどう見ているかは人それぞれ。互いの見ている世界を対話で共有することで、見えてくる新しい感覚、新しい世界がある。その先に、各々の存在を承認した上で、お互いに助け合う新たな関係性が生まれるのだろうということに気付かされる番組でした。

それこそが見えないからこそ見えてくる世界であり、本来の「見る」という行為なのかもしれません。

テレビは主に視覚で楽しむメディアかもしれませんが、目で見る人、耳で見る人、触覚で見る人、嗅覚で見る人。それぞれが、それぞれの感覚でテレビを見て、その楽しみを分かち合うメディアに発展すると良い。それが「豊かで幸せ」な世界なのかもしれないし、NHKの今後の番組に期待します。そして、それに向けた一歩として、まずは制作チームの多様性を期待します(*^^*)

■その校則、必要ですか?

本来規則というのはそのコミュニティが健全かつ持続的に発展していくためにあります。社会が変化し、当初の目的を阻害するルールになっているのであればすぐに変更しなければなりません。いま社会が大きく変化する中で変化が問われるルールが多数あります。

「校則を見直す」という行為は、時代にそぐわないルールを変更し、子どもたちの生きづらさを減らすとともに、自主性を育むという点でも非常に重要ですが、長期的視点での教育効果も高いと考えます。

日本の子どもたちは、「自分で国や社会を変えられると思う」と考えている割合が諸外国と比較して極端に低いというデータがあります。しかし、学校の校則を自分たちで変えるという経験をした子どもたちはどうでしょう。

自分たちの手で、自分たちの社会を築いていく。そういう自負が生まれるのではないかしら。「自ら考え、自ら決定し、自ら実施する」。まさに「未来を変える原動力」。

しかし子どもたちはルールを変える過程で、多様な立場の人たちの様々な意見に触れることとなります。例えば、制服撤廃を考えていたが、制服を求めている生徒もいる。貧困家庭の子どもたちからは制服がなくなると困るという声があがるのです。

必ずしも、多数決で決めるのが良いわけではない。だからこそ、議論を継続し、対話を重ねていきたい。それが、子どもたちが選んだ結論。

私は番組の冒頭にあった「変わることが怖い」という先生の一言が昭和から脱皮できない今の日本のすべてに通ずる感覚だと感じました。親が一律に決めることを求める学校依存社会について言及がありましたが、変わるべきは校則だけではありません。学校も先生も保護者も地域も変わるべきタイミング。いざ校則を変えてみると、「主体性が増す」という良い効果がもたらされ、「荒れる」といった悪影響はなかったといいます。

変えられないと思っていただけで実は変えられる。変わることに漠然とした不安があったが実際は何も問題はおこらない。

非常に大きな示唆を与えてくれる番組でした。

NHKは「みんなでプラス」というページで継続議論の場を提供しています。

変えるべきルール、対話すべき組織はまだまだたくさんあります。ぜひ他のテーマでもこのような運動を起こして欲しいです。

■目指せ!世界標準のバリアフリー

国立競技場を設計するに当たっては、身体障害、知的障害、発達障害、高齢者、子育て団体など多様な視点をもつ方々が設計に参画するインクルーシブデザインのプロセスを経ています。発達障害の方など、外からは分かりにくい障害の方への配慮がなされていましたが、それはまだまだ国内では珍しい。「全国各地のさまざまな公共施設に伝えていくことが使命」とあったけれど、まさにその役割を果たしている番組でした。

その一方で、「心のバリアフリー」の問題はそう簡単ではありません。ハードを整えれば整えるほど心のバリアが高まるということもあります。ヨーロッパに行くと、だれかしらが必ずベビーカーを一緒に持って階段を登ってくれますが、日本ではそういう経験はあまりありません。というよりもエレベーターがしっかりと設置されており、人の支援を必要としないのです。それは良いことである一方で、どちらが豊かな社会かと考えさせられることもあります。

国立競技場の設計者が、当事者との対話で初めて理解したことがあると話されていました。「配慮しましょう」と呼びかけるだけでは変わらない。対話の中でお互いを理解した先にしか心のバリアフリーは生まれない。

オリンピック・パラリンピックだって、ルールを考え直せば、健常者と障害者が同じフィールドで戦えるスポーツもつくれるはず。障害者は世界人口の15%。健常者も障害者もない社会の構築に向けて、個々人の持つ差異への理解を深め、対話の場を設ける役割を引き続きメディアに期待したいです。

というわけで長くなりましたが、B Labでもこのテーマを取り上げたいです。

*添付は、ダイアログ・イン・ザ・ダークが2004年3月に発行した冊子の1ページ。私は、たしか2003年に東京で初めて体験したと記憶しています。いまは竹芝にダイアグ・ミュージアムという常設展がありますね。