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2024.04.25
ニューロダイバーシティプロジェクト第1回研修

ニューロダイバーシティプロジェクト第1回研修をしました。私からは以下のような話をしました。

1年前からニューロダイバーシティプロジェクトをスタートしました。

一環して、「ひとりひとりが「ちから」を発揮できる社会を構築する。」をミッションとして掲げ、「超多様」社会の実現を目指しています。

ニューロダイバーシティの普及は、全ての人の新たな創造性を引き出し、社会全体の発展に寄与できると考え、その実現に取り組んでいます。

プロジェクトの推進に当たり、展示においても研修においても、3つの枠組みで展開をしています。

1.多彩な五感:テクノロジーを活用して、多様な世界の捉え方を体験を通じて共有し、意識を広げる

2.個の拡張&環境調整:個々の生きづらさを解消し、ひとりひとりが力を発揮できる社会を構築するために、テクノロジーを使って個を拡張し、環境を調整する方法を開拓する

3.社会の創造:すべての人が主体的に社会創造の担い手となり、ニューロダイバーシティ社会実現に向けて具体的なアクションを起こすことを奨励する

第1回研修においても、VRを活用した体験を通じて、自閉スペクトラム症の方の視覚世界を共有しつつ、個の拡張と環境調整により実現するニューロダイバーシティ社会を知り、アクションを考えるアイデアソンを実行します。

つまり、「知る」「体験する」「つくる」のアプローチを組み合わせ、参加者がニューロダイバーシティに対する理解を深め、具体的な行動につなげることを目指した研修です。

ニューロダイバーシティは、人種や年齢、性別などの様々なダイバーシティ/多様性の中でも、脳や神経に由来する多様性を指します。

脳、神経の違いにより、個々の人々が異なる特性を持ちます。その多様性を相互に尊重し、その違いを社会で活かし、社会的な包摂を促進していこう。それが私たちの取り組みたいことです。

ニューロダイバーシティという言葉は、1990年代後半に自閉症スペクトラム(ASD)当事者であるオーストラリアの社会学者によって初めて使用されました。そして、インターネット普及のタイミングと相まって、当事者同士がつながるオンラインコミュニティとしてひろまりました。当初は、当事者による神経学的マイノリティの権利運動として始まりました。その後、この運動は、ASDのみならず神経発達症全般の当事者に広がり、さらには、あらゆる個人の脳・神経に由来する多様性を尊重し、社会で活かす考え方を指す言葉としてのニューロダイバーシティへと発展しました。

私たちの運動も、脳や神経の多様さは、私たちみんなに当てはまることであり、すべての人を対象とした運動として取り組んでいます。

一方で、ニューロダイバーシティ運動が当事者から始まったことが示している通り、生きづらさ、人間関係や社会適応の難しさにより苦しんでいる方がいて、その背景の1つに脳の多様性があるということは明らかになっています。その点から、神経発達症(一般的には発達障害と呼ばれている)について言及しておきます。

神経発達症の傾向がある人は10人に一人に達するとされています。神経発達症には自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠陥多動症(ADHD)、限局性学習症(SLD)の3つの主要なタイプが知られています。ASDは、コミュニケーションの困難、対人関係の難しさ、社会性の課題、パターン化した行動やこだわりなどの特徴があります。ADHDは、不注意、多動・多弁、衝動的行動などが挙げられます。SLDは、読み書きの困難などが主な特徴です。しかし、これは主要な特徴であり、神経発達症には10人10通りの多様な特性があり、個々のケースに応じて異なります。

これらの特性は、日常生活において様々な問題を引き起こす可能性があります。

例えば、学生時代には、落ち着きの欠如、整理整頓の難しさ、対人関係のトラブルなどが起こります。成人以降では、仕事でのミス、家事や育児の困難さ、パートナーや子どもなど他者の感情を理解する難しさが起こることがあります。

これら問題との直面を繰り返すうちに、自信が低下し、孤立感や生きづらさを感じる可能性があります。

「困った人」扱いされることがありますが、「困った人」ではなく「困っている人」なのです。このように脳の多様性を背景に、十分に「ちから」を発揮できず、様々な場面で困難に直面してしまうと、発達「障害」とされ、個人の特性が問題かのように捉えられることが多くありますが、人々が抱える「生きづらさ」は、個人の特性と環境の相互作用によって生じるものです。

世紀の大発明を成し遂げた天才たちの多くは、定型とは異なる脳であったとも言われています。例えば、有名な起業家であるイーロン・マスク氏や映画監督のスティーブン・スピルバーグ氏も、発達障害を抱えていることを公表しています。しかし、彼らは自身の特性を活かす環境に身を置くことで、発達障害という特性がむしろ「強み」となっています。全く同一の特性を持っている人が、環境次第でカリスマ経営者になったり、就業に困難を抱えたりすることがあるのです。このように、個人の特性と環境の相互作用として捉えることが重要です。

例えば、自閉症スペクトラム指数(AQ)が高いが診断を受けていないない人もおり、逆にAQが低いが診断を受けた人もいます。つまり、環境が変わることで、発達障害の診断がついたり外れたりするのです。環境との兼ね合いで、一定の閾値を超えた人が「障害」や「病気」というラベルを貼られることがありますが、障害と健常、病気と健康の間には鋭明確な境界線はなく、連続的なスペクトラムなのです。だからこそ、ニューロダイバーシティは、神経発達症特性の特徴を持つ人だけでなく、あらゆる人が自分らしく豊かに生きていく上で重要な概念なのです。また、環境が変われば誰もがマイノリティになる可能性もあります。例えば、英語が話せなければ、英語圏でのコミュニケーションが困難になりますし、高齢になると移動が困難になることもあります。環境が自分の心身機能に適応していない場合、人と環境の間に障害が生まれてしまうのです。

私たちは、個人の特性を尊重し、適切な環境を整えることで、これまで「障害」とされていたものを「強み」として活かすことができると考えています。

諸外国でも、ニューロダイバーシティの考え方が広がっています。オーストラリアでは、環境整備を通じて、ASDの方々の雇用機会の拡大を支援しています。同時に、国防省はサイバーセキュリティ施策の強化のため、神経発達症特性の方をサイバーセキュリティアナリストとして受け入れるなど特性による強みを活かすことにも取り組んでいます。また、カナダ政府は、ASDなどの分野における最先端研究機関への投資を1,500億円以上行っています。

企業においても、特にIT分野では神経発達症特性の特性が突出した才能を発揮されることが多いため、積極的に神経発達症特性の方を採用するとともに、働きやすい環境を整備する取り組みが、国内外問わず広がっています。2017年にHarvard Business Reviewにおいて、IT企業における神経発達症特性の方の活躍が紹介されて以降、さらにこれらの取り組みが拡大しています。同誌では、ニューロダイバーシティに富んだチームの生産性が高いという報告もなされています。

私たちはニューロダイバーシティ社会実現が、イノベーション創出や生産性向上に貢献すると考え、本プロジェクトに取り組んでいます。

職業環境に関して、私が伝えたいメッセージは、

・多様な特性を持つ方々が働きやすい環境を整備することが重要であること

・それにより、これまで働くことが困難であった、しかしながら、特定の分野で高い力を発揮する方々が、企業の生産性や革新性に大きく貢献することがあること

・また、神経発達症特性がある方にとっても働きやすい環境は、他の多くの人にとっても働きやすい環境であること

です。

(2024年4月1日から、民間事業者による障がいのある人への「合理的配慮」の提供の義務化が開始されたこともお伝えします。)

ニューロダイバーシティへの理解を深めることで、すべての人が働きやすい、生きやすい、そして力を発揮できる社会の実現が可能となります。そして、すべての人が主体的に新しい社会創造に参画することこそが、ニューロダイバーシティ社会の実現においてとても重要であり、それを目指して私たちはプロジェクトを推進しています。本プロジェクトでの具体的なアプローチ方法は、個人の脳機能や身体を技術で補完・拡張し、D&Iの視点で物理的空間や社会的制度・慣習などの環境を再設計することです。テクノロジーの力を活用して、個々の特性を尊重し、適切な環境を整えることで、「生きづらさ」を解消し、個人の特性を「強み」に変えるニューロダイバーシティ社会実現に近づきたいと考えているのです。

個人の脳機能や身体を技術で補完・拡張。さまざまなツールが私たち一人ひとりの持つ「ちから」を補完し、拡張してくれます。

例えばメガネ。昔は視力が悪い人は障害者だったかもしれません。しかし、いまは誰もそう捉えません。現代では、メガネはファッションアイテムとしても利用されています。義足や補聴器も同様です。また、車椅子も、足の不自由な人や高齢者だけではなく、幅広い人々が自由な移動を実現するためのパーソナルモビリティも生まれています。

最新では、ブレインテックの技術など、脳機能を拡張する技術も急速に発展してきています。これらの技術の導入によって、生活の質の向上や個人の潜在能力の発揮が可能となります。テクノロジーと身体が融合し、共に進化し続けることで、私たちの可能性は無限大に広がります。そのような個を拡張し、一人ひとりの「ちから」の発揮を促す技術開発に取り組んでいます。

D&Iの視点で物理的空間や社会的制度・慣習などの環境整備。四角いタイヤはなだらかな道を進むのは困難ですが、でこぼこの道であれば丸いタイヤよりもスムーズに進むことができます。つまり、環境に応じて必要とされる力は変わるのです。ある場所や時代においては障害とみなされる力が、別の場所や時代においては、極めて有能な力として評価されることも十分にありえるのです。

色覚障害の方は、信号機の色を区別することができず、生活に困難を抱えています。しかし、信号機が別の色だったら?もしくは形や音などとの組み合わせで区別することができれば?そこに困難さは起こらないでしょう。

肌が擦れて痛い、制服が重いといった理由で制服が着れず、それが学校への出席を妨げとなる子どもたちもいます。もしその制服を着る校則がなかったら?校則の見直しや柔軟な対応により登校が可能となるかもしれません。
私たちの日常は、物理的な環境、社会的制度やルール・慣習、人間関係によって影響を受けています。いまの当たり前とされている環境が、全ての人にとって適切であるかを再考し、再設計することで、生きづらさが解消され、「ちから」を発揮しやすい社会を構築することを目指します。
例えば、聴覚過敏等から、人が多い場所で過ごすことが困難な人が、オンラインやメタバースで登校や通勤ができたら?それも1つの生き方です。生き方、学び方、働き方の選択肢が多様であれば、困り事も改善できます。
私たちのチームのメンバーは、これらのアプローチの一つまたは両方を組み合わせながら、様々な実装に取り組んでいます。

ニューロダイバーシティ社会実現に向けて取れるアクションはたくさんあるでしょう。
研修や展示での、脳の多様性が生み出す、個々の異なる見方や感じ方の技術を活用した体験は、異なる視点を理解し合い、世界の多様な捉え方を尊重することを目的としています。

また、神経発達症の方々が日常生活で抱える困りごとが書かれた「困りごとカード」を活用したアイデアソンでは、自分だったらどう対応するかを考えることを促します。

このアイデアソンには3つの目的があります。

1.困難に直面している人の状況に気づくこと
 カードを見ると、周囲に同様な状況にある人がいる可能性を認識できるでしょう。これにより、いままで「困った人」と認識していた人々が、「困っている人」だという気付きを得ることを期待しています。

2.誰もが当事者であることに気づくこと
 カードを見ることで、自身にも該当する要素があることに気づくことができるでしょう。特性はスペクトラムであり、誰もが多様な特性を有しています。そして自分自身の理解が深まることで、生きやすい環境を自ら構築することも可能となります。

3.自分にも取り組めることがあることに気づくこと
ちょっとした創意工夫で誰もがニューロダイバーシティ社会実現に向けて一歩を踏み出すことができます。すべての人が当事者意識をもって取り組むことで、多くの人がより生きやすい社会の実現に近づくと考えています。

以上のようなニューロダイバーシティの考え方への理解、多様な感覚の体験、アイデアソンを通じた気づきが、新たな視座を提供し、世界を豊かにするイノベーションの源泉となることを願っています。